坂井市立図書館ホームページへ


概   要 あ ゆ み 生 家 跡
略年譜 中野重治を偲ぶつどい「くちなし忌」
研究会 生誕100年記念事業

 
■概   要
 明治35年、福井県坂井郡高椋村(現在の坂井市丸岡町)一本田に生まれた中野重治は、時代と、その時代を過渡する人々を、はげしくも優しく見続けてきた日本を代表するもっとも傑出した文学者のひとりです。
 『中野重治記念文庫』には蔵書約1万3千冊とともに、高田博厚作の中野重治胸像や原稿、愛用品などの遺品が展示されています。
 文庫の中庭に建てられた文学碑には、友人の娘が嫁ぐ折に贈った言葉「蕾めるものは 花さかむ 花さきたらバ 實とならむ」が刻まれており、東京世田谷の住居から移植したくちなしや山茶花、ロウバイなど四季それぞれに美しい花を咲かせる木々が、訪れる人々を優しく迎えてくれます。

中野重治 中野重治記念文庫
ページTOPへ
 
■あ ゆ み
 昭和54年(1979) 
中野重治、胆のう癌のため77歳の生涯を閉じる。(8月24日没)
 昭和55年(1980) 
丸岡町一本田の生家跡が丸岡町へ寄贈される。(7月)
 昭和57年(1982) 
中野重治蔵書1万3千冊が丸岡町へ寄贈される。(7月)
 昭和58年(1983) 
中野重治文庫記念丸岡町民図書館が落成する。(5月28日)
 昭和63年(1988) 
世田谷の書斎を生家跡に移築する。(2月)
 平成3年(1991) 
第1回中野重治記念文学奨励賞「全国高校生詩のコンクール」の募集を開始する。(平成6年より丸岡町文化振興事業団へ事業を移管する。平成17年度(第14回)をもって終了。)
 平成6年(1994) 
「梨の花」丸岡シンポジウム
('94.5.14)
『梨の花』シンポジウムを開催する。(5月)
 平成8年(1996) 
中野重治文庫目録改訂版を発行する。
中野重治研究資料室を開設する。
中野家文書類を整理、タイトル別小冊子を刊行する。
 平成9年(1997) 
中嶋藤作氏より中野家書簡等の寄贈を受ける。
黒田道宅寄贈目録を発刊する。
中野重治紹介ビデオ『野の人・中野重治』を制作する。
「中野重治にかかわることの五人会議」発足。第1回会議開かれる。
中野重治文書類の一部(書簡関係30点)を判読する。
 平成10年(1998) 
中野重治文庫の電算化に向けてバーコード貼り作業を実施する。
中嶋藤作寄贈資料と目録を発刊する。
中野重治文書類の一部(村関係、一般的書類471点)を判読する。
シンポジウム「梨の花」
第1章('99.8.22)
没後20周年記念回顧展('99.8.22) 没後20周年記念講演会('99.8.21)
 平成11年(1999) 
没後20周年記念事業『梨の花』第1章シンポジウムを開催、記録集を発刊する。回顧展も同時開催する。
 平成12年(2000) 
『中野重治と黒田道宅との往復書簡』(満田郁夫編)を発行する。
小樽文学館で「中野重治と北海道の人々」が開催され、当館より遺品等の関係資料を出品する。
中野文庫蔵書のデーター化を図る。(8,724冊)
 平成13年(2001) 
「中野重治にかかわることの五人会議」解散。
 平成14年(2002) 
中野重治生誕100年記念事業を開催する。
中野重治紹介ビデオ『野の人・中野重治』(改訂版)を制作する。
 平成15年(2003) 
『小田切秀雄寄贈資料目録』を発刊する。
 平成17年(2005) 
「石堂清倫氏遺族より書簡の寄贈を受け、「中野重治・石堂清倫往復書簡資料目録」 を発刊する。
 平成18年(2006) 
大牧冨士夫氏より中野鈴子宛書簡の寄贈を受ける。
 平成19年(2007) 
『中野鈴子宛書簡目録』を発刊する。
 平成20年(2008) 
中野鈴子没後50年特別展示を開催する。
 平成25年(2013) 
石川近代文学館で「中野重治 肉筆原稿に見る<文学者>として生きた生涯」が開催され、当館より遺品、書籍等の関係資料を出品する。(9月〜11月開催)
 平成26年(2014) 
F目卯女氏より中野重治所蔵雑誌『驢馬』(創刊号〜7号・11号)の寄贈を受ける。
ページTOPへ
 
■生 家 跡
 昭和55年、彼の遺志によって一本田の生家跡屋敷が丸岡町に寄贈されました。生家跡には寺田透筆の「中野重治 ここにうまれ ここにそだつ」と刻まれた石碑や東京世田谷から移築された書斎が建っています。
中野重治生家跡 くちなし忌('00.8.19) 世田谷から移築された書斎
ページTOPへ

略年譜 中野重治を偲ぶつどい「くちなし忌」 研究会
生誕100年記念事業

坂井市立図書館ホームページへ