概   要 あ ゆ み 生 家 跡
研究会 生誕100年記念事業

 
■概   要
 明治35年、福井県坂井郡高椋村(現在の丸岡町)一本田に生まれた中野重治は、昭和の時代を戦うように生きてきたプロレタリア文学の作家です。
 丸岡図書館には、『中野重治記念文庫』があり、蔵書数約1万3千冊とともに、高田博厚作の故中野氏の胸像や原稿、愛用品のなどの遺品が展示されています。
 記念文庫の中庭には、故中野氏が友人の娘の嫁ぐ時に贈った言葉が刻まれた『文学碑』をはじめ、東京・世田谷から移植した山茶花や夏椿など四季それぞれに美しい花を咲かせる木々が訪れる人々を優しく迎えてくれます。

中野重治 梨の花の背景
が記念文庫
中野重治記念文庫
ページTOPへ
 
■あ ゆ み
 平成3年(1991) 
第1回中野重治記念文学奨励賞「全国高校生詩のコンクール」の募集を開始する。(平成6年より文化振興事業団へ事業を移管する)
 平成6年(1994) 
「梨の花」丸岡シンポジウム
('94.5.14)
『梨の花』シンポジウムを開催する。
 平成8年(1996) 
中野重治文庫目録改訂版を発行する。
中野重治研究資料室を開設する。
中野家文書類を整理、タイトル別小冊子を刊行する。
 平成9年(1997) 
中嶋藤作氏より中野家書簡等の寄贈を受ける。
黒田道宅寄贈目録を発刊する。
中野重治紹介ビデオ『野の人 中野重治』を制作する。
「中野重治にかかわることの五人会議」発足。第1回会議開かれる。
中野重治文書類の一部(書簡関係30点)を判読する。
 平成10年(1998) 
中野重治文庫の電算化に向けてバーコード貼り作業を実施する。
中嶋藤作寄贈資料と目録を発刊する。
中野重治文書類の一部(村関係、一般的書類471点)を判読する。
シンポジウム「梨の花」
第1章(99'.8.22)
没後20周年記念回顧展('99.8.22) 没後20周年記念講演会('99.8.21)
 平成11年(1999) 
没後20周年記念事業『梨の花』第1章シンポジウムを開催、記録集を発刊する。また併せて回顧展も同時開催する。
 平成12年(2000) 
『中野重治と黒田道宅との往復書簡』(満田郁夫編)を発行する。
小樽文学館で「中野重治と北海道の人々」が開催され、当館より遺品等の関係資料を出品する。
中野文庫蔵書データー化図る。(8,724冊)
 平成13年(2001) 
「中野重治にかかわることの五人会議」発展的解散。
中野重治生誕百年事業準備始まる。
 平成14年(2002) 
中野重治生誕百年事業を開催する。
特別講演会(大江健三郎氏)、映像と音楽会、作家展、体験学習ほか
第十回文学者記念館(室)を伴う公共図書館交流会を開催する。今回で組織解消。
中野重治紹介ビデオ『野の人・中野重治』(改訂版)を制作する。
 平成15年(2003) 
  ・ 小田切秀雄寄贈資料目録を発刊する。
 平成16年(2004) 
  ・ 梨の花」の会主催による講演会(渡辺数巳氏)を開催する。
 平成17年(2005) 
「石堂清倫氏遺族より書簡の寄贈を受け、「中野重治・石堂清倫往復書簡資料目録」 を発刊する。
 平成18年(2006) 
大牧冨士夫氏より中野鈴子宛書簡の寄贈を受け、「中野鈴子宛書簡目録」を発刊する.
ページTOPへ
 
■生 家 跡
 中野重治は、昭和54年(1979)8月24日、胆嚢癌(たんのうがん)のために77歳の生涯を閉じました。
 翌昭和55年、彼の遺志によって一本田の生家跡屋敷が丸岡町に寄贈され、世田谷から移築された書斎や石碑が建っています。また毎年8月には『くちなし忌』が開催され、全国から中野文学ファンが大勢集い、遺徳を偲びます。
中野重治生家跡 くちなし忌(00'8.19) 世田谷から移築された書斎
ページTOPへ

研究会 生誕100年記念事業